「障害」って?


昨日、NHKの爆笑問題の番組で、
福島智さんという、「障害学」を研究している東大教授であり、
全盲で聴覚も失った方をゲストに迎えてトークしていました。

福島先生の傍らには、女性が二人いて指点字という指で指に刺激を与えることで、言葉を理解して聞こえない相手と会話するというコミュニケーション方法をとっていました。
言葉はしゃべれるのですが、子供の時の“記憶”で話していると言っていました。

なんか、すごかった。

目が見えなく、耳が聞こえないのに、
大学に通い、さらに研究を進めて教授にまでなって、
社会に貢献している。

周りで彼を支えている人達もすごい。
(「指点字」を開発したのはお母さまだそうです。) 

福島さんと爆笑問題の太田がしきりに話題にしていたのは、
「障害ってなに?」「生きるってなに?」
という深いテーマ。

普通の五感を持ち合わせている人間からすると、
障害を持っても優れた能力を発揮する人達がいて、
ぐるっと考え方を変えると、
「何が障害なのか分からなくなる」
「失った能力の変わりに、得るものがあるんじゃないか」
と、そんな人達を尊敬とともに、どこかで、
“みんな平等”という意識のもとで、またもとの不平等になる。

当事者である福島さんから言うと、
「そういう考え方は、選べる立場だから言えるんですよ。」
もともとその能力がない人で、天才と呼ばれるような人ではない、
大半の障害を持った方達は、
「まっくらな地下牢に突然閉込められたような孤独」
を生きなければなくなる。
選びようがない。

孤独を感じること。
他の人達とのコミュニケーションが取れないということ。
体の不自由さ以上に、障害を持った人達に対する社会の在り方、
そのものが「障害」なのだ。
と、福島さんは言っていました。

それでも、どうして生きていることができるんだろう。

その話の中で、とある有名な学者の言葉を福島さんが引用しました。

『絶望』=『苦悩』−『意味』

つまり、「意味」のない「苦悩」が「絶望」なのだと。
じ〜ん…。。

苦しみの中で、その苦しみが後々何かに役に立つ、
その苦しみに意味があることを発見できたときに、
人は絶望せずに生きていける。


* * *


先日、女子トークで盛り上がったあかばねまきちゃんは、
今、中学校で障害をもった子たちのクラスで美術を教えているのですが、
授業の中であったあれこれの話を聞くのがとても面白いんです。

彼女のクラスの場合は、軽度の知的障害の子供たちなので、
比較的人とのコミュニケーションがとれるそう。

けれど、自閉症や多動、その他の障害(詳しく知らなくてごめんなさい(><))がゆえに、
みんな個性的。みんな、それぞれ自分のルールの中で生きている。

時には、アールブリュットの原石のような、
すばらしい技術を要する作品まで作る子がいる。

それが、一般社会の中で通用しない言動だとしても、
人間の人間らしさがむき出しで、愛らしく感じられるそう。
まきちゃんは、この子たちに色んなことを教えられるそうです。

そういえば、重度の身体障害を抱えて産まれてきてしまった子供たち(二十歳まで生きられないほど...)の病院で働いていた友達がいるのですが、彼女が以前、
「足りないのではない。この子たちは、これで100パーセント。
 障害ではなく、個性を抱えて産まれてきたんだよ。」
と言っていたのが衝撃的でした。


* * *


なんだか、みんな、同じことを言っているような気がします。

それはきっと、健常者ひとりひとりが自分自信にも言えることなんだろうなぁ。

人間とは、めんどうな業を背負った生き物ですね。
ただ、生きることに意味を見つけること、それが生きていける力。
そんなことを考えることなく、一生が終わればいいのかもしれないけど、
そうではない生き方が魅力的な生き方だったりするのだから、不思議な生き物です。

いま、ここにいること、それを感じることができますか?

どうでも良いことかもしれないけれど、
それを感じられなかった時の不安ときたら、とてつもないものです。

あなたもわたしも、どこかしら何かの障害をもってるのかも?
だから、不安になって、誰かと繋がろうとするのかしら。

まだまだヒントと答えが隠されているみたいです。
だから面白かったりするのだから、しょーもない…(笑)
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by tomokuro-55 | 2009-06-10 17:44 | ひとり言 | Trackback
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