そう思うには分けがある


昨日の田口ランディさんのブログ、
「ノンポリの言い分」
を読んで、すごい!と思いました。

どうしてこんなに自分にフィットした感情を
文章に書いてくれるんだろう…と。

* * *


先日私が書いた日記にも繋がりますが、
原発に関しての意見の違い。
それが、今回の選挙での結果でもあって、
その選挙に関することを書いていました。

確かに、私は「派」というか「集団」が苦手です。
原発には反対ですが、今の現状はすぐに変えるのは難しいので、
まずは脱原発に向けて目標を立てて、
計画的に何十年かかけて減らせばいいと思っています。
その方向付けをすることが、
未来の子供たちのためにすることだと思います。

だけど、推進派と反対派が争う中には入りたくない。
…と思っています。
そういう中途半端な態度は、
勇気や決意が足りないとも思われるかもしれないし、
どっち派の人からも嫌われる存在かもしれないです。

けど、私には勇気が足りない以外の理由でも
“集団に属する”ことへの恐怖感があります。

というのは、私は学校という場所で何度か、
いじめや仲間はずれの対象になったことがあるからです。

テレビドラマでやっているような、
トイレで…とかそこまで過激ないじめではありませんが、
ランドセルに草や石を入れられたり、
今まで仲良しだった友達がある日突然、
挨拶もしてくれくなったり(しかも全員で)するのは、
学校という集団生活の中では恐怖なできごとでした。

一人一人の子が、悪い子だったわけではないし、
私が特別悪いことをしたわけではないのですが、
“集団意識”がそうさせるようです。

「あの子、気に入らない」
「私も気に入らない」
「じゃぁ、明日から無視しちゃおうか」

一人の人間の中でだけの悪意なら、別の機会にその相手とちょっと話す機会があるくらいで消えてしまうこともあるんです。
だけど、何人か集まって、一つの感情で同盟を組むといじめや無視が始まります。

だから、私は集団がきらいです。
あ、ステキな集団もありますので…苦手です(^^;)
自分が集団に属するときには、その中にある集団の意識に捕まらないように…といつも注意深く警戒しています。

一人一人が意見を持つのは大切なことです。
仲間と語り合うのも、大切なことだし、勇気が湧きます。

だけど、その安心の中で、
自分が別の意見を持つ他者に対して攻撃的になっていないか…
自分が安全な場所にいればいるほど、
注意深くならなければいけないのです。

どちらかの派閥に入ってしまった方が楽かもしれない。
だけど、その瞬間に集団意識に飲み込まれて、
学生時代に私を仲間はずれにした人たちのように
誰かを傷つけてしまうかもしれないと思うと、
その方が私は怖いです。

学生運動が盛んだった時代に、政治に関心がない人、
関心があっても特定の党派に属するのを拒否した人を
ノンポリというそうです。
だとしたら、私は後者のノンポリでしょうか(^^;)?


--- end ---
[PR]
by tomokuro-55 | 2011-04-26 16:32 | ひとり言 | Trackback
トラックバックURL : http://tomofield.exblog.jp/tb/15874272
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。