2016年 05月 18日 ( 1 )

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©Tomomi Nakano


今日、母方のお墓の納骨式に行ってきました。

諸事情あって10年くらい親と距離をとっていたのですが、昨年の病気を機にまぁ色々ありまして(笑)。
叔父にも「来れたらきてよー」と声をかけてもらったので、私なんかが行っても良いのかな…と思いつつ、体調もそこそこ良いので軽い気持ちで行ってみることにしました。


***


母方の田舎は、北海道の常呂郡佐呂間町
サロマ湖のまさに湖畔に、祖父と祖母の家はありました。
二人がなくなってから家は処分してしまって今はなきです。

○○家の家系の成り立ちはなかなかワイルド✨です(^◇^;)
祖父は戦時中に樺太に連れていかれたのですが、命からがら家族を連れて逃げてきて、そこで北海道で牧場を作ったのだそうです!(う〜ん ワイルド!)

なので、文骨のためのお骨入れには、
祖父と祖母の代からの8人のお骨しかありません。

そして、以前は母の兄にあたる方が牧場を次いでたのですが、その兄が亡くなって、牧場もなくなってしまいました。


***


10年以上振りにお会いした、伯母さんや、いとこ達。

最初、顔すら覚えてなくてテンパってたのですが、皆さんニコニコしながら「トモちゃんがこんなに小さい時に、うちに一人で泊まりにきたのよ〜」と話かけてくれたり、お坊さんと一緒にお経を唱えたり、お焼香をしたりしてるうちに、ジワジワとこどもの頃の思いでがよみがえってきました。

雨の中、お外に出て、お墓の前でお焼香した時、墓石の前に立てかけたおばあちゃんとおじいちゃんの写真が目に入ったら、急に色々なことを思い出しました。

私は、小学5年か6年の時に、夏休みのまるまる1ヶ月を北海道の祖父母の家で過ごしたことがあります。(大人になってから母の「実家に帰らせていただきます!」状況だったのを知りましたが、子供の私は知るよしもなく〜…^^;)

その時に、一緒に過ごした祖父と祖母のことを
急に思い出しました。

あぁ、そういえば、おばあちゃんに言われて裏の薪小屋に薪をとりに行って、お風呂を焚くお手伝いをしたな〜とか。おじいちゃんは、ご飯を食べた後、必ずみそ汁をご飯の器に入れて、米粒一つ残さずにきれいにご飯を食べてたな〜とか。


そんなことを思い出したら、
ふぃっと涙が流れてきました。


まさか、自分が泣く何て思いませんでした(笑)


***


その一ヶ月の間の思い出は、
私にとって本当に良い思い出で、
私にとって北海道には良い思いでしかありません✨✨

書き出したらきりがないけど。

祖父母に関してさらに思い出すと、おじいちゃんは細身の長身でなかなかカッコ良かった(笑)
北海道の夏は、とにかくハエが多いのですが、おじいちゃんはハエたたきがすっごく上手で、子どもながらに尊敬しました!

おばあちゃんは、若い頃に工場で働いていた時に片腕を機械に巻き込まれて失ってて、お外に出る時は義手をしていました。私は、片腕の人を初めて見たのですが、「あんまりジロジロ見ちゃいけないな」という遠慮はありつつも、怖いというより「片腕で、なんて起用に、何でもこなすんだろう!!」と感心して見ていました。

信心深い方だったので、よく仏壇の前でお経を唱えていて、その小さな背中と豪華なお供えもくっきり覚えています。


***


北海道の自然は「でっかいどー!で、
その頃はあった牧場の夜空を見上げた時の、
生まれて初めてみた北斗七星と天の川は忘れられません。

星に手が届きそうだった⭐️


女満別空港までの道を車で道を走ると、
どこまでもどこまでもまっすぐな道を、
ものすごいスピードで走っているのを、
窓を開けて風にビンタされてたり。

そうすると、道の向こうにオホーツク海が見えてきて、
チョーテンション上がったり!


おじさんの牧場に行くと、
たまに干し草を牛にあげるお手伝いをしたけど、
大変な重労働だなと牧場で働く人の大変さを知ったり。


牧場に行くと、かならず小屋の外にいる、
私より大きいけどまだ赤ちゃんの子牛に会いに行って。
まだお母さん牛のおっぱいが飲みたい子牛に手を吸われて、
よだれでネチョネチョになるんだけど、なんか病み付きになって、
毎回会いに行ってネチョネチョにされてたり(笑)


初めて飲んだ、
絞りたてを冷蔵庫で冷やした牛乳があまりにも美味しくて、
「この牛乳おいしいね!何が入ってるの?」
と聞いた子どもの私が可愛すぎる思いでや(≧∇≦)❤️


港で母が虫アミでナマコを取ったんだけど(ワイルド…)、私と弟が「そんなんいらんー!」と拒否したら、隣にいたご夫婦がナマコとお菓子を交換してくれたことや。(なんか、書いてるとスゴイな…汗)


ホタテの貝山から、きれいなホタテの貝殻を探すごっことか。


サロマ湖に流れ込む川を夕方見ていると、キラキラ光った小さな魚の群れがジャンプして、キラキラ夕日色に輝く水面にはねる魚がとってもキレイ✨でいつまでも眺めていたこと。


なんだか、そういう楽しい思い出を、
いっぱいいっぱい思い出しました。


***


いや、いくら子どもの頃だとはいえ、
嫌なコトもあったと思うんです…(>д<;)

知らない人の家(母のお姉さんの家)に、急に一人で泊まらされることになったりとか、実際泣いて帰っちゃったのよーとか伯母さんに言われたので、ツラかったこともあったと思うのです。


だけど、「思い出」というのは、
楽しかったり、ワクワクしたり、
きゅうっと胸が締め付けられるような切なさだったり、
そんな美しいもの✨が記憶に残るように
できてるのかなぁと思いました。


まるで、研磨した砂の中にある砂金✨が、
水に砂だけ流されて、なんども繰り返すうちに、
だんだんと重さの比重で残っていくように。


思い出も、時間の中で水に流されていくと、
最後に残るのは、
美しい記憶だけになるのかもしれない。


そして、生きているかぎり、
そんな砂金の粒を増やすことはできます。


なんだかステキなことだなぁ…✨
と思って、シェアしたくなっちゃいました^^❤️


〈追記〉
ちなみに、新しい墓石に彫った
叔父が選んだ言葉は、
「ありがとう」でした。



長文読んでくださり、
ありがとうございました♡


⭐️mahalo⭐️
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